【knock and knot】
episode 6 :「2007」

思い出が苦手、みたいなことを今までに何度も書いたことがある。

それは、つらい悲しいさみしい記憶を思い出したくないというよりも、
息もできないくらいに楽しくて幸せな記憶を思い出して、
その宝物みたいな時間がもう戻らないことがせつなくて苦しくて
打ちのめされてしまうことが怖いから。

ふとしたことで温度も湿度も感情までも詳細に思い出して体感してしまうので、
あっという間に思い出の中にうずくまってしまう。

こんなふうに思い出に引っ張られすぎてしまうその要因の一つは、
記憶と音楽を強く結びつけてしまうからだと気がついた。

-

10年前、仕事を辞めて沖縄にしばらく滞在した時のことをよく思い出す。

沖縄をはじめて訪れたのはその1年前の6月、人生の中でへとへとに疲れ果てていた時期で、
短い滞在のあいだに自分がほどけて充電されていくのが本当によくわかった。
それから沖縄はわたしにとって特別な場所になった。

2007年沖縄での日々、時間。
その時のことは、その時に聴いていた音楽とぎゅっと一緒になって染み込んでいる。

ちょうどその年、細野晴臣さんのクラウン盤のBOXが出たりトリビュート盤が出たりで、
とにかくあの頃みんなでちょっとした細野さんブームみたいになってずっと聴いていた。
中華街ライブのDVDも何回も観て、浦添の図書館で著書も借りて(みんなで「宵待草」観たのもこの時?)
そこから繋がっていく音楽もたくさん追いかけた。

-

心がへとへとの時に沖縄に出会って一旦救われたのだけれど、
その数年後いろんなことが重なって、勝手にいっぱい傷ついて上手く生きられなくて壊れてしまった時期がある。
その時から、お守りのように聴いていた音楽を、楽しい記憶に繋がる音楽を、大好きな人の作る音楽を、
まったく聴けなくなってしまっていた。

幸福で特別な記憶や大好きな人たちに密接な音楽ほど思い出すことが怖くてずっと聴けなかったのだけれど、
最近、いくつかのきっかけで、そのあたりの音楽をさらっている。

それがとてもとても楽しい。

戻らない時間を想って切なさに打ちのめされることなく、
今のわたしが、今この瞬間で、純粋に感動したりワクワクしたりしている。

-

記憶の海は繋がっている。音楽と結びついたまま。
その中に覚悟を決めて飛び込んでみてやっと気づいた。
思い出をもう怖がらなくていい。いや、はじめから怖がらなくてよかったんだと。
楽しいことは怖くない。
そういうことをもう一回信じられて、やっと、今をすごく楽しいと思えるのが嬉しい。

見なくても泳いで進めていたんだな。見えなくても繋がっていたんだな。

さあ、また海へ。

2017年6月18日 栗原葉子

---

【knock and knot】
episode 5 :「2000」

世間でいうところの大型連休、ゴールデンウィークの最終日の夕方、
内容もゴールも決めずにだらだらと書きはじめています。

部屋の電気は付けずに、窓を大きく開け風を通し、白いカーテンが揺れています。
そして小さめの音量で気持ちのいい音楽を流して、時々ゆらゆら踊りながら、ビールを飲んでいます。

最高。完璧な5月の夕方の過ごし方。

というわけで、あんまりにも気分がいいので、とりあえず書きはじめています。

-

このあいだ、5月の空がこんなにもどこまでも青くて5月の木々や草がこんなにも鮮やかな緑で
くらくらしてしまうものだっていうことを、結構久しぶりに思い出した。

空が痛いくらい青い日なんていくつもあったのに、その度にいろいろ思って見上げてきたはずなのに、
その日に限ってはある年の5月1日の空の青さと緑の濃さをはっきりと思い出させて、
そのことに随分驚いてしまった。

多分、日差しの強さも気温も立っていた場所も、近いのかなあ。

-

あたりまえだけど、随分といろんな5月があった。
今でも印象が鮮烈なのは、
傷心だったり無職だったり混乱の渦中だったり絶望に浸っていたりしていたそれぞれの年の5月。

そのことばかり思い出すので「印象が鮮烈」って書いてしまったけれど、本当はその真逆で、
どれもなんとなく薄い膜に包まれているような、どこか夢みたいな、そんなふうに感じているわたしがいつもそこに立っている。
いろんなものの鮮やかさの中で、際立つ自分自身のふわふわした感じ。それはぜんぜんくっきりなんかしてない。

あれ?
今思うと、5月の思い出せる限りすべての記憶は、全部夢見たいで嘘みたいで水の中にいるみたいかも。

芝生の上ではしゃぎ回る、カラオケからのラーメン、とろりとした甘いレモンティー、夜中のラジコンレース、
音の渦の中朝まで踊る、とまらない咳、海、涙。

-

音楽が流れていて、お酒をのんでいて、気持ちのいい風が弱く吹いていて。
なんかあったな、前にもそんなこと。
きっと数えられないくらい何度も何度もあったよな。

そのたびに、そのことを誰かに言いたくて、誰かと共有したくて。

あー、なんか中身も意味なくだらだら書いちゃった。
でもそれが今したかったことかも。

2017年5月7日 栗原葉子


---

【knock and knot】
episode 4 :「1985」

始まりの季節、4月。そして最も苦手な季節。

-

環境の変化が苦手、新しい状況で見通しが立たないのが苦手、
キラキラしてどんどん成長するのを期待されているような空気も苦手、
求められるのも苦手、自分をアピールするのも苦手。

という感じなので、小学校入学が試練のはじまりだった。
どうしていいのか分からなすぎてほとんど記憶がない。もちろんうれしかった楽しかった記憶なんて皆無。
(入学のお祝いに、ファミリアの刺繍がはいったブラウスとタータンチェックのスカートをもらってドキドキしたのは覚えている)

大人数が苦手、元気に走り回るのが苦手、思っていることを伝えるのが苦手、無邪気に笑うのが苦手、甘えるのも苦手。

きらいだったなあ、小学生。行きたくなかったなあ、小学校。

-

Tちゃんが昔、まったく興味がなかった(というかむしろ大嫌いだった)野球を、阪神タイガースを熱狂的に好きになってしまった時に、
それを「小さな革命」と言っていたけれど、そのとおり実は結構な頻度で「革命」は起きているのかもしれない。

書き連ねたわたしの苦手のいくつかは、いつの間にかそうでもなくなっている。

年を重ねるにつれ、苦手と思うことが減っている感じがするのは、
苦手なものがよりくっきりはっきりとして、うまく避けてかわせるようになっただけかもしれないけれど、それはそれで革命的。
ましてや、予想外想定外の「嫌い→好き」の振れ幅に驚くなんて、中身はくだらないことばかりだけれど結構たくさんある。

「自分のことくらいなら全部わかっています」って顔をしながら、ふいに、そういうのを飛び越えてしまうことがある。
きっとまだまだこれから先もあるのだろうな。

これから真逆を好ましく思うこともあるだろうし、すごく意外なことにはまるかもしれない。
たとえば運動とか身体動かすとか無縁の人生だったけれど急にスポーツ始めちゃったりするかもしれない。
でも、ダンスはやりたい踊りたい(これはずっと言っている。いつも心で踊っている)
あと、泳げないけどサーフィンしたい(これもずっと言っている。きっと来世でやる)

こんなふうに、分かったつもりで決めつけてきただけのことも、どんどんほどけていくかもしれない。

-

あんなに新しいことが苦手だったわたしも、今や、新しいこととか始まりとかを結構楽しもうとしている・・・?

革命、またひとつここに。

「日々は、そう、革命だ。おだやかな、革命。」

Tちゃんの革命の話を聞いた時のわたしの言葉。
ぐるっと一周回って返ってきた感じがする。

なにかのはじまりは、いつかのはじまりと螺旋でつながっている。

2017年4月23日 栗原葉子


---

【knock and knot】
episode 3 :「2002」

スーパーで春キャベツを見かけるとなんとも言えない気持ちになるのは、
一人暮らしをはじめたのが3月1日だからかもしれない。
その自炊生活超初心者の時は、しばらく毎日春キャベツを食べていたから。

-
おおげさな言い方かもしれないけれど、自分の力で自分の足で歩きはじめるんだと思えたひとつが
一人暮らしを始めたときだと思う。

自分で稼いだお金で自分の生活を面倒みる、ということが、その意味が、
わたしにとってはとてもとても大切だった。人生最初の最大のミッション。

「(お金も出さないけど口も出さないので)全部自分で決めなさい」
「高校までは面倒みるけど、その後は自分の力で生きていって」
という半分呪いのような言葉を小学生のときから与えられ、そのことをずっと本気で考えていた。
どうすれば生活するお金を得られるかなあとか、今のうちに勉強はできるだけしておいた方がいいなあとか。
自分のやりたいことをするのは自分で稼げるようになってからすればいいんだ、とか。

-
就職してはじめてのお給料をもらったときよりも、
自分で部屋を探して自分で部屋を借り、わたしにすべてがかかっているわたしだけの小さな生活をはじめたときに、
やっとスタートラインに立てたと思った。やっと自由になれたと思った。

確実に、あの3月1日からわたしはわたしの人生を、本当の意味でやっと歩きはじめたんだ。
大切な大切な転機の日。
わたしだけのための小さな部屋を、わたし自身で折り合いつけて守りつづけることが、
イコール「生きていること」くらいに思っていたし、今でも割と真剣に思っている。
それくらいに一番大事なことだった。

そういう意味で言うと、わたしの人生なんてまだ始まって十数年。
成人式さえも迎えていない。半人前もいいところだ。

-
「大切なのは自分で決めたかどうか」って言葉をいつかの写真展のときに書いたことがあったけれど、
それは、わたしの根底に、もうどうしようもないくらいに根本に、ずっとずっとある気がする。
あの呪いのような言葉と同じくらいに、その言葉が最後には支えてくれているかもしれない。

今でも自分で選んで自分で決めたと思うと、なんだって結構踏ん張れたりするもんな。

小さな揺れるボートで海に出る、行き先もその先に安住の地があるのかもわからない。知っているどこかを目指さない。
それさえもわたしが「選んだ」こと。そう思うと、選べるってすごいことだ。

春、3月。どんどん進んでいこう。

2017年3月20日 栗原葉子


---
【knock and knot】
episode 2 :「1994」

2017年2月はとにかく言葉が必要でその渦の中にいたい時だったのか、ひたすら活字を追ったりあらゆる言葉を浴びたり。
それに刺激されてあちこちに書き散らしていたので、すっかりここにも書いた気持ちになっていましたが、
なんだ、何も書かないまま2月も終わりの日。

この『knock and knot』のコンセプトのひとつは、とにかく「思いついたまま気軽に気楽に書く」ってのもあるので、
どこに着地するかわからないままに、とりあえず書きはじめています。
(感情のエネルギーを健全に発散したいが故に)

-
先週はあの方の19年ぶりのシングル発売というニュースが世間をにぎわせていて、
例に漏れずわたしもすっかり浮わついて、いつぶりだってくらいのキラキラした感覚をめいっぱい味わっていました。

逸る気持ちを押さえきれず発売日にCDショップに駆け込んで急いで家に帰って
ドキドしながらプレイヤーにCDを載せて震える指で再生ボタンを押して。
ひとつひとつの音の粒を浴びて、ひとつひとつの言葉に耳を澄ませる。
今でもまだこんなふうにキラキラした音楽の魔法にかかってしてしまうのか!と感動でもありました。
中学生のころみたいだ。
あの日と全然変わってないこの感じ、この感覚、この感動。

-
先日これまた久しぶりにライブを見たYさんが、以前、
「この10年での一番の変化は何でしたか?」
という問いかけを宿題のように与えてくれて、それに対するわたしの回答は
「わたしの生活にも人生にも何にも変化がないことを(そう思っていることを)、ちょっとコンプレックスに思ってたりしてます。」

それくらい、わたしの人生に何があっても何がなくても、10年どころか20年でも、
結局「変わらない・変わっていない」ことに絶対的な自信というのか自負があった。

-
とはいえ。
あたりまえのように人生の中では、
劇的な出来事とか衝撃的なインパクトとか、ともすれば価値観がひっくり返るような大きなことももちろん少なからず起こっていて、
その都度あたふたおろおろしたり茫然としたり、新しい答えが見つかった気持ちになったりしてきた訳だけれど、

それでも実際のところ、わたしの人生というのは、大きな出来事でぎゅんと進路変更してしまうというよりは、

落ちていることにも気づかないくらいに本当に小さな小さな石にこつんと当たって、
気づかないうちにほんの少しだけ進路が変わっていて、いつの間にかここにいるような感じがすごくしている。

たとえそれがほんの小さな石であっても、やっぱりそこには意志の力も受けた衝撃も、
それまでに出会ったあらゆるものや体験したものの存在も影響もしっかりあるととても感じていて。

そうして思う。

あらゆることは「出来事」としてわたしの外側にあるのではなくて、
もはやわたしの中に「一部」みたいになって、それを含んだわたしのバランスなり重心なりが影響して
小さな小さな石に弾かれたときの進路を左右している。

-
先日CDを買いに急いで、胸が焦がれるような中学生のときと同じような感覚を味わいながら、
ああ、そういうことかと思った。

変わるとか変わらないとかそういうことではなくて、

やっぱりずっと枯れることなく、流れている川のようなものだな、と。

いつかは否応なく海に出てしまうことも含めて川のようだと。

途切れない、飛び越えない。あらゆるものを包含しながら、今ここに在る。

間違いなく、わたしも今のところ産まれたときからずっと在り続けているものな。
ずっと生きている、それは事実。疑いなく、どこかと何かといつかとずっとつながっている。

-
今回のタイトルを『1994』にしたのは、
今のわたしと地続きになっている、キラキラするものの存在に気づいたわたしがいる愛おしい90年代、
そしてあの「LIFE」というアルバムが出された年ということで。

2017年2月28日 栗原葉子


---
【knock and knot】
episode 1 :「1981」

多分、誰でも「自分の一番古い記憶」について考えたことがあると思うのだけれど、
わたしのそれはなんだかもうはっきりせず、
特に幼少期に鮮烈な光景も強烈な体験もなかったからなのかもなあと思ったりしている。

わたしがもうすぐ3才というときに妹が産まれたのだけれど、
母親が家にいない日があったとか病院まで母や妹に会いにいったとか、
家に赤ちゃんがいる光景も赤ちゃんがやってきてどうこう思ったとかの記憶もないので、
年子の兄が生きていれば、そのときのことを覚えてるのかどんなふうに思ったのか
聞いてみたかったなと思う。

とにかく。
親に構ってもらったとか遊んでもらったとか、甘えたなあとかさみしかったなあとか
そういう記憶すらないので、実際はともかく、ただ音も色もなく静かに流れていた時間だったような気もしていて。

でもひとつだけ。幼い頃に繰り返しみていた夢のことだけは、今でもくっきりと思い出すことができる。

 菜の花畑の丘の前にカラフルなアイスクリームワゴンがあって、誰もいなくて、
 はっと気づくとそれは黒いタイヤの山になっていて、
 またはっと気づくと、窓ガラスに付いたたくさんの水滴が目の前に迫っていて。
 その夢を見て目を覚ます度に、夜中ひとりで声を殺してしくしくと泣いていた。

確実に、「ひとりぼっちだ」と思ったのは、あの夢を見始めた頃が最初だと思っている。
わたし産まれてきてよかったのかと思って泣いたのは、あのときが最初だった。

今ではもうその夢を見ることもなくなったけれど、
中学生くらいまでは定期的に見ていたので、どんどん印象が濃くなっているのかもしれない。

本当に本当に、しんと静かで、誰もいないようなところにぽつんと立っていて
わたしの自我が始まったような気がしている。
わたしって?という問いかけ地獄のはじまりはじまり。

そしてここから先に少しずつ、生き抜くために、わたしは後天的に無邪気さやばかばかしさを身につけたのだ。
どんどんばかばかしく、くだらなく、自由になっている気分。

いいもんだね、歳を重ねるって。

2017年1月22日 栗原葉子


---
【knock and knot】
episode 0 :「2017」

-
突然ですが、2017年は文章を書いていこうと思います。
エッセイみたいなものを。

昨年は、望まない風向きを全然どうすることもできないまま、
すっごく踏ん張って頑なに閉ざしてとにかく吹き飛ばされないように必死だったけれど、
その嵐が一旦弱まった時、それはそれは本当の凪で、なんだか一気に解放された気分でした。
いろいろ防御していたものが吹き飛んでしまったようで、
ここ何年なかったくらい、今、心がぱかーっと開いているような、そんな気がします。
だからなのか、とにかく「書きたい!言葉を発したい!」という欲求がとても高まっています。

-
子どもの頃から書くことが大好きでした。

小学3年か4年生の時、何かの物語の続きを自分で考えて書く、みたいな授業があって、
それがとにかくもう楽しくて何枚も何枚も次々書いて、それを先生がすごくほめてくれて、
そこから何かと文章を書く役割が回ってくるようになった。とにかく何かしら文章を書いているのが好きで、
小学校高学年になるとノートに小説を書きはじめ、
中学生や高校生になると、それこそエッセイみたいなものを次々ノートに書いていた。
日記も毎日びっしり書いていたし。

写真を撮るようになってからは写真の比重が高くなり、写真と言葉の作品を作ってはいたけれど、
それは“写真のための言葉”という感じだったかも。
とはいえ、往復書簡とかフリーペーパーとか、テキスト主体のコンテンツも作ってきたよな・・・。
そう考えると、今さらながら、書くことはずっとわたしの近くにあったなあと思う。

-
書くことは、言葉は、ふつうにあたりまえに日常の中にあるものなので、
あんまり力入れずに、身軽に気軽にどんどん書きたいなあと思って、これを始めてみようと思いました。
『物語る風景』という写真と言葉のコンテンツもやっているのだけれど、
あれは先ず写真を撮ってそこから浮かんだ文章を書いて、という順番なので写真ありきであるのと、
写真撮ってセレクトして手書きでテキスト書いてスキャンして、ページつくってサイトにアップして・・・
というふうに、実は結構手間がかかるのです。やるならちょっと気合いが必要。

なので、こっちでは言葉だけにして、思った瞬間に書きたいという希望を叶えるべく、
おしゃべりする感じで、雑談みたいな感じで、綴ってみようかなと思っています。
(前はそういうのブログでやってた面もあるけれど、ブログはあくまで日記の位置づけなので。)

-
さて。
そのゆるく気ままに書くエッセイのタイトルは「knock and knot」にしました。
特に意味も含みもないのですが、年明けすぐに思い浮かんだので。

ただ、その後ろに「1978→2017」と書いてみた時、
なんだか結構長い時間だな、なんとなく一旦区切るにはいい感じの数字の並びだなと思って。
これって実際は39年間だから決して切りは良くはないのだけれど、
ここから先は次のステージになって、そこでもう一度0だか1だかになる感じなのかも、と思いました。
なので、そういうのをちょっと意識して書いていくかもしれません。
今のところは。

というわけで、どうなっていくかわかりませんが、それも含めわたしはとても楽しんでいます。
よければお暇なときにお付き合いくださいませ。
「knock and knot」、どうぞよろしくお願いします。

2017年1月9日 栗原葉子

 

---

home